写真家新田樹さんが「林忠彦賞」と
「木村伊兵衛賞」をW受賞!

 協会会員で昨年、写真集「Sakhalin」を出版した写真家の新田樹さんが、今月、2つの大きな写真賞をW受賞しました。
 新田さんは1996年に初めて訪れたサハリンで、残留韓国・朝鮮人や日本人に出会いました。それから度々、サハリンを訪問、出会った人たちから丁寧に真摯に話を聞き、時間をかけて写真を撮ってきました。その成果は2015年に銀座ニコンサロンでの写真展「サハリン」で初めて公開されましたが、その後もサハリンを撮り続け、2022年にニコンサロン(新宿)で「続サハリン」展を開催。同時に写真集「Sakhalin」を出版しました。


2023年3月23日 朝日新聞朝刊「ひと」欄
2023年3月23日 朝日新聞朝刊「ひと」欄

 新田さんが話を聞き、撮影した方の中には日本サハリン協会と深いつながりのある残留日本人もたくさんいました。その方々の多くはここ数年で亡くなってしまいましたが、私たちは今、新田さんの写真の中に、あるいは写真に添えられた文章の中に生き続ける彼女たちに出会うことができます。新田さんの今回の受賞を祝福するとともに、残留韓国朝鮮人・日本人の姿と言葉を残してくださったことに心から感謝いたします。
 期せずして同時期の開催となりましたが、都内では2か所で受賞記念写真展が開催されます。ぜひご覧いただくとともに、お知り合いにもご案内ください。


☆それそれの受賞記念写真展が下記の日程で開催されます。

林忠彦賞
<東京展> 4月28日(金)~5月4日(木・祝)  富士フイルムフォトサロン(東京ミッドタウン)
<周南展> 5月12日(金)~5月21日(日)  周南市美術博物館(山口)
<東川展> 2024年1月14日(日)~1月29日(月)  東川町文化ギャラリー(北海道)

木村伊兵衛賞
4月28日(金)~5月11日木) ソニーイメージングギャラリー銀座(東京)

 

写真集「Sakhalin」
写真集「Sakhalin」

写真集「Sakhalin」
 (ミーシャズプレス 2022 年 5 月刊) (3,000 円)

 新田さんが初めてサハリンを訪れたのは 1996 年のこと。戦後から半世紀が過ぎたこの地で未だ日本の言葉が日常的に使われていることを知りました。それは単に話せることとは違う別の何かでした。しかし実際に写真を撮り始めたのはそれから 14 年後の 2010 年のこと。最初の写真展「サハリン」を 2015 年に開催。その後、今もこの地で暮らす彼女たちとの会話のなかで、ふとたち現れる記憶の情景に導かれるように 2016 年から再び通い続け、続編となる今回の写真展が開催され、写真集「Sakhalin」が出版されました。この 2 年間、コロナ禍のために、本当ならば会いに行くはずだった人たちと会えないままの別れが心に残ります。写真集は、前回の「サハリン」と今回の「続サハリン」、2 回の展示の写真をまとめて、写真展開催に合わせて刊行された新田さんの初めての写真集です。心に響く文章もとても読み応えのある、大切にしたい 1 冊。テキストを英訳した小冊子もついています。Amazon でご購入いただけます。

新田樹さんのHP
https://tatsuru-nitta.wixsite.com/my-site-2/book?pgid=l5gqktn1-56aa0afb-102a-4b79-b310-bf4a816c8ae7


2023年3月7日発表

「林忠彦賞」

林忠彦賞HPより

 ロシア・サハリン(樺太)、この島の北緯50度から南半分は、日露戦争後の1905年から1945年8月の第二次世界大戦終結までの40年間、日本の統治下にあった。1945年8月のソ連参戦時の緊急疎開と翌年に始まる引き揚げで、そこで暮らしていた日本人の多くはこの地を後にした。一方で多くの朝鮮半島出身者やその配偶者であった日本人らは、ソ連が支配したこの地を離れることはかなわなかった。
 戦後50年を過ぎた1996年、写真家としての最初の地としてロシアを旅していた作者は、サハリンのユジノサハリンスク(豊原)で日本語を話す女性たちと出会い、サハリンとそこに生きる残留韓国・朝鮮人やその配偶者であった日本人がいることを知った。しかしその時はまだ、これらの人々と向き合う自信が持てなかった。
 14年後の2010年、作者はこうした人々の現実を残したいと決意を固めた。最後の生き残りともいうべき人たちの家を何度も訪ね、丁寧に取材し、その生活や周りの様子をカメラにおさめていった。そしてその成果を、2015年の写真展「サハリン」で発表、その後も取材を続け、2022年の写真展「続サハリン」と写真集『Sakhalin』にまとめあげた。
 遠い北方の地で今なお日本語を話す人々。凍てつく寒さの中でつつましく生きる彼女らの人生に寄り添いながら撮影した作品には静かな時間が流れている。歴史に翻弄されながらもたくましく生き抜いてきた一人一人の人生の重みが伝わってくる。
 本作品は、戦争の歴史に翻弄された人々の姿が写真の行間から浮かび上がるドキュメンタリーの仕事として、高く評価された。


2023年3月23日発表

「木村伊兵衛賞」

AERAdot.10th より 選考委員のことば(抜粋)
https://dot.asahi.com/dot/2023032200013.html?page=1

大西みつぐ氏のことば
■10年越しのまなざし
 古臭い言い方になるが、受賞作の新田樹さんの「Sakhalin」には確かな厚みがある。昨年展示を拝見した時にまずそう思った。正確に言えば写真の中に厚みが感じられるものだ。それはもちろん、そこに写されている人々の生き様、時間、時代、事実などの厚みということであり、戸惑い、悩みながらもそれらをじっくり引き出していった作者の誠実で粘り強い取材姿勢と、技巧に頼らない確かな写真の技術力によるものだ。
 サハリンと日本をつなぐ長き歴史の断片は、ロシアとウクライナの戦争ゆえにかき消されていくものではなく、残留日本人朝鮮人の方々のご苦労を改めて伝える物語としてここに丹念に編まれている。10年越しのまなざしは、そこに生きた人間の「消息」と私たちのそれを「国境」を越えてしっかりつなげていくものになっている。写真集を貫く母たちの思いと言葉が心に響く。

澤田知子氏のことば
■離れた場所にいても 自身の家族のような存在
「Sakhalin」は、いま世界が忘れてしまった大切なことを浮き彫りにし、作品を見た人の心から温かい大切な何かをそっと引き出してくれる、そんな特別な作品でした。
 新田さんの作品は目新しい手法で作られたものではなく、今回推薦されていた作品には同じようなタイプの作品も昨年より多かったように思います。奇をてらった表現は目を引きますが、それと作品としての解釈はもちろん別の話。「Sakhalin」はとても静かなのに最も存在感がありました。何の下心も欲もなく、ただただ作品と向き合ったという神聖ささえ感じるほどに。
 私は文字で補足しなければ解釈できない作品よりも、作家の意図とは違ったとしても写真だけで様々な解釈を想像させてくれる作品に興味をひかれますが、「Sakhalin」は写真を見ながら同時に文章を読むことを忘れるほどに写真に、写真集に吸い込まれました。そして文章が添えられていると言う理由からではなく、引き込まれた写真にどのような文章が載せられているのか知りたくて再び初めのページに戻りました。
 新田さんにとって「Sakhalin」に登場する人達が物理的に離れた場所にいても自身の家族のような存在になっていたのだということは容易に想像がつきますが、その境地に行き着くまでの時間の長さと、「Sakhalin」に常に真摯に向き合い続けた覚悟を持った精神力は想像することも憚(はばか)られます。きれいも汚いも希望も諦めも様々な人間の感情を、触れたら壊れてしまいそうな繊細なところを新田さんは純粋に素直に受け止めて歴史を編んでいくのです。心が心に話しかけてくるのです。
「世界で最も素晴らしく、最も美しいものは、目で見たり手で触れたりすることはできません。それは心で感じなければならないのです」(ヘレン・ケラー)

長島有里枝氏のことば
■生きている以上は 決して省略することができないなにか
『Sakhalin』はとても美しい。
 一瞬で人の目を釘付けにするとか、テーブルに並ぶ100冊近い写真集のなかでひときわ輝きを放つとかというわけでは(少なくともわたしには)ない。けれども、審査の過程で他の本からこの本に戻ってくるたび、わたしが見たかったのはこういう写真だったのだと思った。ページを繰る回数を重ねるごとに、その実感は確信に変わりもした。
 本作には、日本の戦争に翻弄された女性たちが登場する。敗戦後、国籍を理由に日本への帰国が許されなかった人たちだ。若い頃、旅の途中でサハリンを訪れた新田さんは、そこで出会った人を通じてそのことを知る。そしてのちに、このシリーズに取り組む。
 長い時間をかけて丁寧に撮影された写真からは、被写体との関係性を最も重視する写真家のスタンスがうかがえる。ボタンを一つでもかけ違えば、作者の政治的主張が優先された作品になる可能性もあったと思うのに、新田さんはそういう方法を選ばなかった。そこに彼の仕事の美しさ、彼という人の美しさが感じられた。
 自分の部屋で、自分の椅子に座ったまま、SNSで遠くの他者と安易に「論争」ができてしまう時代になり、その傾向は新型コロナウイルスの流行以降、加速しているようにみえる。新田さんの写真は、ともすれば見過ごされてしまうほど些細ではあるが、どんなに便利になっても、生きている以上は決して省略することができないなにかを、静かにわたしたちに見せてくれる。
 当事者としてある問題に取り組むことの重要性の先に、ならば第三者としてどのように世界と関わることが可能なのか、という問いがある。他のノミネート作品をおさえて本作が受賞した理由は、ときに挫(くじ)けそうになりながらも新田さんが「Sakhalin」で、その問いと向き合っていたからかもしれないなと思う。目の前にいる人と「いま」を共有し、それを積み重ねていくことでしか生まれないものがある。この気づきを得られる本作は、未来の課題と最もコミットしているように思う。

平野啓一郎氏のことば
■重層的な記録の静かな訴え
 私的領域、社会的領域、そして、自然環境を、各候補作は、幅広く独自のアプローチでカヴァーしており、今日に於ける写真の意味を考えさせられる選考だった。(中略)
 受賞は新田樹で、選考委員の全員が感嘆したこの技巧的な写真集は、日本統治時代に樺太に住んでいながら、戦後、ソ連領となった後、多くの日本人とは違い、帰国が叶わなかった韓国・朝鮮人とその家族の記録である。政治的批評性に於いても卓越しているが、人物の皺の一本一本に刻まれた複雑な時の流れを、その社会と自然への大きなスケールの視点を背景に活写している。重厚でシャープな傑作として高く評価したい。 

【林忠彦賞】 (HPより)

賞について
 この賞は、戦後写真界に大きな足跡を残した写真家・林忠彦の多彩な業績を記念し、周南市と公益財団法人周南市文化振興財団が1991(平成3)年に創設したものです。
1996(平成8)年には第46回日本写真協会文化振興賞を受賞しました。

趣 旨
 わが国の写真文化の発展において、林忠彦は木村伊兵衛、土門拳、渡辺義雄各氏などの先輩写真家とともに日本写真家協会設立に尽力する一方、昭和28年、二科会に写真部を創設、以後、全国のアマチュア写真家の資質の向上に最後まで全力を傾注しました。こうした氏の遺志を生かしアマチュア写真の振興を目的として本賞を設立しました。
 デジタル化の急速な進歩により多極化する表現形態に対応するため、第12回から新しい写真表現を目指す作家の参入も推し進めました。
 さらに第18回より、これまでの経験をもとに、対象をプロ作家にまで広げ、時代とともに歩む写真を撮り続けた林忠彦の精神を継承し、それを乗り越え未来を切り開く写真家の発掘を目指す賞へと拡大しました。

選 考
 できるだけ広い視野のもとで候補作品を絞るために、写真界各層の関係者約250名より推薦を受けた推薦作品と、公募による自薦作品の中から選考委員5名(大石芳野、笠原美智子、河野和典、小林紀晴、有田順一(周南市美術博物館館長)の各氏)による選考委員会によって決定します。


【木村伊兵衛写真賞】 (朝日新聞出版プレスリリースより)

 木村伊兵衛写真賞は、故木村伊兵衛氏の業績を記念し、1975年に創設。各年にすぐれた作品を発表した新人写真家を対象に表彰しています。受賞者は、写真関係者からアンケートによって推薦された候補者の中から、選考会によって決定されます。
 第47回の同賞は、既に発表されたノミネート5人(王露氏、清水裕貴氏、新田樹氏、吉田亮人氏、吉田多麻希氏)の作品から選考委員4人(写真家・大西みつぐ氏、澤田知子氏、長島有里枝氏と小説家・平野啓一郎氏)による討議を重ねて確定しました。



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